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鹿児島〈知覧特攻平和会館〉

母が知覧に行きたいと言っていた目的は
「知覧特攻平和会館」でした。何故、この地を訪れたいと
思っていたのか理由は分かりませんが。。。

太平洋戦争の沖縄決戦で人類史上類ない爆装した飛行機で
敵艦に体当たりした特攻隊員の遺影・遺品・記録を保存展示
してあります。

太刀洗陸軍飛行学校分教所の門が残されてます。
奥の記念碑は元内閣総理大臣・中曽根康弘氏著のものです。
IMG_2511.jpg

特攻隊員の像 「とこしえに」
隊員の目線は戦地・沖縄を向いているそうです。
IMG_2504.jpg
その向かい側には、見送る女性の像 「やすらかに」
IMG_2505.jpg

記念館だけの写真撮ってなかったので・・・
ちょっと小さく。我が家の三人入りで^^;
左より、私・母・父です。
IMG_2517.jpg


平和会館には、17~23歳くらいまでの特攻隊員の方の
遺影と家族に宛てた自筆の手紙などが展示されてます。
遺品も多数展示されてます。
もう・・・言葉にならないです。涙が止まらなかった・・・。
突撃の日時が決まり、家族への最期の手紙にも両親への
感謝の気持ち、兄弟への想いなどが綴られてるものが
ほとんどでした。
お国のため・・・と信じ飛び立つことを、喜びとも書いてありました。
突撃された隊員の方には、「明日」という未来はなかったの
です。そう思うと、本当に、もう・・・。

この平和会館と武家屋敷跡は、偶然出会った地元タクシー会社の
観光研修の主任の方に案内して頂きました。

戦後60余年、薄れる戦争の惨劇を決して風化させてはいけないと
思いました。
かけがえの無い尊い命。たとえどんな時代でも、その重さは変わらない
と思います。
もし我が子が・・・とは、この飽食の時代、誰も考えませんが、
つまり、そういう事ですよね。

なんとなく、知覧に行きたい!と言っていた母の気持ちが
分かったような気もしました。

続きは余談。。。





数年前、生徒と生年月日の話をしていて、うっかり私が
「そういえば、みんなは昭和何年生まれだっけ?」と聞いたら
平成生まれの子供達は「昭和じゃないよ~!」と笑いました^^;
そして、その後・・・
「昭和って、戦争があったとやろ?昔は。」と。

そう。子供達にとって戦争は、遠い昔起きた出来事。
私が子供の頃は、平和授業でもまだ戦争経験者の方のお話を
聞く機会があったのですが、そんな機会も減ってますね。
隣の市では、夏休みの登校日(出校日)もないので平和授業すら
ありません。

長崎・広島の被爆地の方々の意識は違うのかもしれませんが
そうでない地方はどうなのでしょうね?
どこに住んでいても、平和のありがたさ、命の尊さは世代を
超えて語り継いでいきたいものですね。


今日は、珍しく難しい話題になってしまいました。

それでは、楽しい連休を~♪
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